お金?
どうやったら、お金持ちになれるのだろう。
どうやったら、自分で稼げるのだろう。
どうやったら作れるのだろう……毎月お金が入ってくるシステム。
学生の頃から、そして社会人になった後はますます、私は働くことが嫌いになっていた。この社会の「働き方」が大嫌いだった。
どうして、毎日毎日こんなにも働かなくてはいけないのか。
どうして、どこへ行っても、こんなにもスピード重視なのか。必死にさせられるのか。クタクタになって帰ってくるだけなのか。ツラくて仕方なかった。苦しくて仕方なかった。
従業員という立場がイヤでしょうがなかった。
奴隷と同じだと思った。
「いつまでも、こんなことやってられない」
そう思うことばかりだった。だから、どうしても自分で稼ぐ方法を見つけたかった。
そうすれば、この苦悩から脱出できる。この疲弊ばかりの毎日と、おさらばできる。そんな思いが、つねに心の奥底にあった。
色んなことを試して歩いた。自分でお金を稼ぐ方法。
でも、どれも長続きしなかった。
いつも、どこかで苦しくなった。
何だか違う……何かが違う……何だか苦しい……
そういうことばかりが続いた。
そして、でもそうやって、だんだんと知っていった。
順番が逆だったのだと。
自分が好きなこと。
夢中になれること。
それを見つけることが、先だったのだと。
自分が好きなことに夢中になっていたら、夢中になってそれを追求していたら、気づいたらお金が入っていた……それが仕事になっていた……
それが、ムリのない、疲弊しない、自然なやり方なのだと。
そういう世界があるのだと。
はっとさせられた。
だよね……と思った。
そういうことだったのかと思った。
こういうことだったのかと思った。
お金はあとからついてくるって、そういう意味だったのか……
仕事は遊びの延長。遊びから仕事が生まれるってこういうことだったのか……
ずっと気がつくことができなかった。こんなにも自然なことに。
「だよね……」ってごく自然と思える、こんな当たり前のことに。
私は、ずっと逆の順番だった。逆向きを突っ走っていた。
だって、まず始めに「お金」だった。
ひたすら「お金」だった。「お金」ありきだった。
その入り方しか知らなかった。
そのやり方しか知らなかった。
お金を求めて走ることしか……
どうしてそうなったんだろう?
たぶん、生きることに必死だったからだと思う。
とにかく毎日がツラすぎたからだと思う。
この社会で生きることがツラくて、ツラくて仕方なかった。
だから、その苦しさをすべていっぺんに解決してくれるような、そんなものを、強く、強く求めることになったのだった。私にとってのそれが、どうも「お金」だったようだった。
とにかくそれさえ手にいれれば、すべて解決するのだと。この状況から解放されるのだと。もう何もしなくてよくなるのだと。楽になれるのだと。そう思っていた。お金という何かスーパーマンに、すがりつく思考になっていた。でもその思考が、その余裕のなさが、「遊び」とは程遠い場所へ、自分を連れていくことになった。
「とにかくお金が入ってくるのなら、どんな方法だって構わない。」
そう思うことになるのだった。
クタクタに疲れ果て、生きることに必死な毎日をしていたのでは、やっぱりどうしてもそうなってしまうのだろう。そこへいってしまうのだろう。
でも、こうなってしまっては、もう「遊び」でもなんでもない。
だって、そこにはもう心がない。情熱がない。遊び心がない。
「楽しくて楽しくて仕方ない、この自分の好きをもっと追求していきたい!」
そんな思いが微塵もない。
そんな世界とは真逆の世界にいる。
「好き嫌いして、えり好みしていては、生きていけなくなる……」くらいにしか思っていないのだから。
だからこそ、成功するわけがなかったのだった。
自分が好きなことが分からない人間から、爆発的なエネルギーが出てくるわけがなかった。自分のこころを置き去りにして、何かを大きく動かすエネルギーが出てくるわけがなかった。現実を変えられるほど大きなエネルギーを注ぎ込めるのは、自分が本当にやりたいこと、好きなことでしかあり得なかった。ふつうに考えて、自分が本当に好きでもないことに真剣になれるわけがなかった。夢中になれるわけがなかった。そもそも長く続けられるわけがなかった。
どうやったらお金持ちになれるのか?なんて考えなくてよかった。
どうやったら自分で稼げるのか?なんて最初から考えなくてよかった。
ましてや毎月お金が入ってくるシステムを作りたいとか、もうおもいっきり何かがずれている。
そんなことよりも、もっともっと大切で、本質的なことがあった。
「自分が好きなことを追求する人生」って、楽しそうじゃない?っていうことだった。「自分が好きなことに夢中になる人生」って、考えただけでワクワクしてこない?っていうことだった。お金のためだと言って、生活のためだと言い聞かせて、好きでもないことを我慢して無理矢理やり続ける人生よりも。
自分の好きを見つける。
そして、その好きを追求する。
そうやって、その道のりをワクワクしながら歩いているだけで、自分が望むことのすべてが手に入る。そういう世界があるのだと。
最初に何を考えるのか?
どんな思考(価値観)の土台の上で、人生を歩くのか?
それによって、まったく違う世界を体験できるのだと。
イヤだ、イヤだの人生は、もう十分だった。
仕事がツラくて仕方ないとか言っている人生は、もう十分だった。
お金、お金の人生は、もう十分だった。
もっと自分らしく、もっと軽やかに、生きられるはず。
もっと自分のことを大切にできて、自分のことが大好きで、自分にワクワクできるはず。そっちに行きたいのなら、どうしてもそこへ行きたいのなら、発想の転換が必要だった。
「自分の好き」を見つける。
「夢中になれること」を見つける。
自分が好きなことをして生きる。
夢中になれることをして生きる。
それがすべてのスタート地点だった。
新しい物語が、そこから始まるのだった。

