この社会の真実

TT

いつだったか、あれは私がまだ中学生くらいの頃だったと思う。

家族そろって親戚の家に行ったとき、そこの家の子と弟がケンカになった。
弟はどうしても野球中継が見たかったらしく、でもその親戚の子は別の番組が見たかったらしく、チャンネルの争いになった。

弟は決して譲らなかった。
人の家なんだし、それに自分たちよりも年下の子なんだし、譲った方がいいでしょとかなんとか、私は横からいろいろ言った気がするけど、弟は頑として聞くことはなかった。
言っても子ども同士のケンカ。
私は年上の方だったし、弟の性格も知っていたし、なんとか双方が納得のいく方法を見つけたかった。

そこへ突然、大人が割って入った。
その当時の私からしたら十分大人に見えたけど、実際はどうだったのか、今では思い出せない。高校生くらいだったのか、大学生くらいだったのか、30代くらいだったのか……その子のお兄ちゃんだったのか。

その人は突然入ってきた。
そして、頭ごなしに弟を怒鳴りつけ、年上が年下に譲るのは同然だ的な、チャンネルを変えろ的な、ものすごく威圧的な態度で、命令的な口調で、間に入ってきた。
中学生ながら私は、このやり方にものすごい怒りを感じた。
こんなやり方があるかと思った。

弟は最後までひるまず、その大人にも反発した。
目に涙を浮かべながら、でも最後まで、その大きな大人に向かっていった。

帰りの車の中で私は、弟の横顔をそっと見ながら、胸の奥から込み上げてくるものを感じていた。
ごめんねと言いたかった。一人で戦わせてしまって……
自分はその大人に対して何も言えなかった。何も出来なかった。それが悔しくてたまらなかった。上から抑えつけられる弟が目の前にいたのに、何も言い返すことが出来なかった。私はただただ、その大きな声に圧倒され、恐怖を抱き、その場を音便に済ませようとすることしか出来なかった。

すべてがショックだった。
あんな言い方をしてくる大人がいるんだ……
子どもに対して、大人があれほどムキになって怒鳴りつけるのか。
どれだけ大人げないんだ……そんな思いを募らせた。

自分だったら絶対、子どものケンカに口出ししない……
とことんまでやらせる。お互いが満足するまでやらせる。
自分たちで調整し、解決していくのを、外から見守る。
そう思った。

子どものケンカに口出しするような大人には絶対ならない。
そう思った。

弟とは、毎日ケンカばかりだった。しょっちゅうケンカした。
でもそんな弟が、他人に抑えつけられる様子を見て、胸が張り裂ける思いがした。
そして、兄である私から、何かにつけ抑えつけられてきたように、同じように弟も抑えつけることのできる相手に同じことをした。自分の主張をムリヤリ押し通そうとした。私がしてきたことと同じことをした。

あの時、帰りの車で感じた言葉にならない悔しさ、悲しさ。
家族に見られないように窓の外を見ながら、涙で視界がぼやけていったこと。
それは、どこか心の奥底で、この負の連鎖を感じたからなのかもしれなかった。
兄弟喧嘩をするたび思った。
どうしてこうなっちゃうんだろうと。
どうして、いつもこうなるのだろうと。
この抑えきれない衝動。
何か言わないと気が済まない。
正論を、自分が思う常識を、おもいっきりぶちまけたくなる。
「ふつう、こうでしょ!」と「こうすべきでしょ!」と。
胸の奥から込み上げてくる、この抑えきれない巨大な渦。
これは一体何なのだろうと何度も思った。
なぜ自分はこんな状態になっているのだろうと。

ようやく30代になってからだった。
あのイライラの原因。なにかにつけ、怒鳴り散らしたくて仕方なくなる理由。
その根源を知ったのは。

この社会の真実。
私たちは「支配」されている。一人残らず。
思いっきり抑えつけられ、我慢させられ、疲弊させられ、意に沿わないことを強制させられている。生まれた時からずっと。奴隷状態にされている。みんな。

だからこそ、みんなエネルギーが枯渇しているのだった。
自分の中からエネルギーが湧いてこなくなっているのだった。自ら生み出すことが出来なくなっているのだった。だから手っ取り早く、他人からエネルギーを補給しようとするのだった。相手にイヤな思いをさせることで。相手を怒らせることで。いじめることで。従わせることで。スカッとできる。そのためには、自分よりも弱そうな相手を探さなければならない。だからこそ、年下に対して。

大人も子どもも、同じ状態に陥っている。
一瞬のスカッとする快感を求めて、今日もイライラを、怒りを、不機嫌を、周囲にぶちまけているのだった。
理由はなんでもいい。怒ることができれば。スカッとできれば。
その格好のターゲットに、子どもが使われている。
大人たちからこれでもかと、子どもたちはエネルギーを奪われている。
そして、その大人たちもまたどこかで、エネルギーを吸い上げられている。
「上の人」たちから。

どんな社会なんだと思う。
どんな場所に生まれて来たんだと思う。
ディストピアとか監獄とか刑務所とか植民地とか、強制労働とか奴隷とか人権がないとか、それは全部この社会のことを指していたのか……

本当に笑えるくらいに、くだらない社会だなと思う。
私は、その奇天烈具合をこれでもかと体験していた。
自ら、それを実践することで。
おもいっきり、この社会の常識に飲まれることで。
これでもかと、感情を爆発させながら。
相当な苦悩と後悔と違和感を覚えながら。

でも真実が分かれば、根源を知ってしまえば、すべてはシンプルだった。
私たちは何者かに「支配」されている。
その真実さえ知ってしまえば、すべての疑問が氷解する。

ずっと環境のせいにするのは安直すぎると思ってきた。
すべて自分に問題があるのだと思っていた。
でも、そもそも自分がいるこの社会自体が監獄なら?
そもそも最初から、絶対に幸せになんかなれない場所にいるとしたら?
その始めから、ものすごい負のエネルギーを、重く苦しい感情を、私たちから出させるために、最初から設計されたシステムに組み込まれた歯車のひとつにされているとしたら?
負のエネルギーの発生装置。
重く苦しい感情の発生装置。
その道具に自分がされているとしたら?

疑問を持つことができる。
しっかりと考えることができる。
しっかりと自分で調べ、自分の頭で考えることができる。
自分はどう思うのか?どう感じるのか?
自分はどうしたいのか?どう生きたいのか?どう在りたいのか?
真剣になって考えることができる。

そこに至るまでの大切なプロセス。
それが私自身のドラマのような人生そのものだったということが、いまでは分かる。

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好きなことは、妄想(考えること)と文章を書くこと。

空気の匂いを感じること。

ひとりの時間をこよなく愛する男の子。
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